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チョン・ユギョン (1991年、神戸生まれ)は、ときに離れ、ときに近づく日本と朝鮮半島の関係史に焦点を当て、作家活動を続けてきました。オオタファインアーツ上海でのグループ展「When many pass one way…」に、チョンは「For One and Only Country」のペインティングシリーズより3点を出展しています。彼の制作プロセスと今までの経験について、 この展覧会を機に話を聞いてみました。
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チョン・ユギョン:アーティストインタビュー
O:OTA FINE ARTS | J: JONG YUGYONG
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O: 新型コロナウイルスの状況下で、製作の状況はいかがですか。新たな規制やルールが課される中で、どのように新たなアイディアやプロジェクトに取り組んでいるのでしょうか。
J: 新型コロナウイルスによって状況が変わったのは確かですが、制作の面では左右されない態度を持ち続けようと意識していました。私は現在韓国の国立現代美術館で行われている展示に参加していますが、初めて映像作品を制作しました。作品に登場するバスターミナルを撮影したのが1〜2月頃で今より敏感な時期だったと思います。ロケハンの時は可能だった撮影も不可能になってしまい構想が変わりましたが、結果的には美術館の会期も伸びたのでじっくり制作できたという面もあります。新たなアイディアを産むことよりも今まで取り組んできたコンセプトやスタイルをどう発展させるか、そういう時間にしたいと思っています。
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展示風景:「2020 Asia Project — Looking for Another Family」 National Museum of Modern and Contemporary Art、韓国。Courtesy of MMCA
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O: 作品のテーマであるプロパガンダの看板についてお聞きします。そうした看板を目にしたときにまず思う、感じることは何ですか。
J: まず感じるのはウケる!です。それは絵の描写、機能性など全てにおいてです。ポスターがプロパガンダとして機能するのか分からないですが、その手法がまだ生きていることに驚きますし、スローガンを読んでも奮い立ちはせず疑問も浮かびます。同時に、広告とはなんなのかという本質的な質問へ立ち返りもします。最近発表されているプロパガンダポスターを見ると、人物の写実性がグンと高まり合成写真やフォトペインティングのように見えます。北朝鮮でフォトペインティングは生産技術をアプローチするプロパガンダとして機能しているみたいで面白いです。
O: ウェブサイトにある「nkgram」のページでは、作品が現実世界の写真と組み合わされ、興味深いプロジェクトだと思いますが、これについて語っていただけますか。どのようなプロジェクトなのでしょうか。
J: アイデンティティー構築にインターネットも一つの要因として機能すると考えています。もちろんヘイトスピーチに触れる可能性もあるので良いものだとは言えないですが、学校では習えない「風景」がそこにはあります。自由に行ける訳ではない「祖国」の「風景」が誰かの視点によって切り取られ写真になる。instagramなどでは #dprkと検索すると簡単に写真を見ることが出来ますし、保存も出来ます。「祖国」でありながら他者の視点を借りてアイデンティティーを構築していくその距離感が面白いと思いました。それがnkgramの始まりです。インターネットにアップされた誰が撮ったか分からない「祖国」の写真に自分の絵画を被せていく。そしてまたそれをインターネットにアップしていく。その循環と写真の一部がドットに変わり合成写真が持つ違和感、作品が街に飾られているような可笑しさが相まって面白いシリーズになっていると思います。始めた頃はinstagramにアップしていましたが、まとめて見られる方が良いとnkgram.comというサイトを作りました。
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nkgram project, © Jong YuGyong
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O: そうした素材を、ポップな印象で、またとても強い鮮やかな色で自己の表現にしていかれていると思いますが、その手法にはどのような思い、意図があるのでしょうか。
J: 常に「祖国」や「国家」というものに距離感がありました。その距離感を描くことで個人と国家の関係に問いを投げることが出来るのではと考えました。ただし、先ほど答えたようにプロパガンダポスターを表層的に捉える態度があるため、そのまま描くことはできませんでした。そこで表層的で平面的な絵をつくるためPhotoshopを使う技法を考えました。
J: プロパガンダポスターを「画像」と捉え軽薄に解体していくのは私の態度と一致しているように思えたのです。絵画ではプロパガンダポスターを印刷物の網点に解体/変換して描いており、網点のサイズはすごく大きいのですが、それは距離を表現する意図で用いています。色に関してはプロパガンダポスターを基にしているので赤色がどうしても多くなります。絵の具を調色する際もRGBで作られる色味をなるべく再現してコンピュータで見る印象と揃うことを意識しています。絵を描く時は最低限の選択のみ行いたいと考えているので、そういう面においては自己を排除しようとしているのかもしれません。それも距離感の表れだと思います。そしてこのシリーズを始めたとき、「主観的輪郭」という錯視にも興味がありました。
J: 簡単に説明すると存在しない線を脳が作り上げて線が存在すると錯覚する脳の働きのことです。この説明に触れたとき、「祖国」も同じようなものなのではと思いました。存在するのではなく見ようとしているのではないか。無いものをあると作り上げているのではないか。上で述べた距離感とリンクするような気がして絵画作品に適用することにしました。
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左図:チョン・ユギョンのスタジオ風景 © Jong YuGyong 右図:スタジオでの制作の様子 © Jong YuGyong
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O: 新世代の作家として活躍される中で、インスピレーションを受けてきた先代の作家には誰かいらっしゃるのでしょうか。
J: アンディ・ウォーホルとロバート・スミッソンです。ウォーホルはアートにおけるアーティストという存在の見せ方、資本主義に対する賞賛とも批判とも言える態度など作品は「表面的」ですが、考える深みが面白いと思います。もちろん本人はそれも否定すると思いますが。共産圏から資本主義社会へ移った移民である事が作品鑑賞の手助けとして機能しているのも好意的に受け止めています。ロバート・スミッソンが産み出した「サイト/ノンサイト」は私に勇気を与えてくれました。私は「在日」であることをオープンに活動していますが、「在日」は日本社会だと「疎外(郊外)」される存在です。「サイト/ノンサイト」の考え方に「在日」を当てはめることで「在日」をアート界にプレゼンテーションしていく上で有効な手段になるのではとインスピレーションを貰いました。
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nkgram project, © Jong YuGyong
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O: 日本におけるいわゆるマイノリティー・グループの中で育って来たわけですが、アイデンティティーへの意識が何かを表現したいという意欲につながってきたのでしょうか。初めに作品を作りたいと思ったモチベーションとは何だったのでしょうか。
J: 意識と言うよりも「執着」に近いかもしれません。矛盾しているかもしれませんが、距離感を感じつつも執着心があります。すごく相反する言葉を並べて自分でも可笑しさを感じるのですが、その矛盾込みで制作のモチベーションになっています。
O: 数年前に、日本から韓国ソウルにベースを移されました。それによってよかったこと、またチャレンジングであったことなどありましたか。
J:身体の移動によって頭の回転が進んだと思います。当然のことですが、街中にある看板は韓国語で書かれています。聞こえてくる会話も韓国語。そういう変化が作品に影響を与えたし、違ったスタイルの作品に取り組む事も出来ました。また、自身のアイデンティティーを見つめ直す機会にもなりました。自分は「在日韓国人」と自称しながらも「韓国人」というアイデンティティーは希薄であること(といって日本人、朝鮮人がしっかりある訳でもない)、日本にいる時よりも「在日」について説明する機会が増えたこと等、負担を感じるケースもあるのですが、それが制作の原動力になっているのは確かであります。
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あわせてチョン・ユギョンのオンライン・ビューイング・ルームもこちらよりぜひお楽しみください。
インタビュー:チョン・ユギョン
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